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1 行間から真実を読むことのすすめ(NI
p9の翻訳)
12歳のジャックにとって、これまでの人生は楽なものではなかった。彼は午前中いっぱいかけて、私たちにストリートでの生活を語ってくれたが、彼の話はあちこちに飛んで脈絡のないものだった。後にその時の取材テープを書き起こしてみると、彼が必死になって言おうとしていたことはほんのわずかな文章に凝縮されることが分かった。つらい思い出なのにしっかりと向き合って語ってくれたジャックに感謝し、彼がその日の糧を得るために使うべきであった時間を奪ってしまったことに気付いた私たちは、ジャックとその家族に必要なものを買いに行こうと、彼を誘った。
彼はこう答えた。「『買い物』って何?」 この単純な質問は彼の置かれた想像以上に厳しい環境を物語っていた。そして私たちは、安易に同情していた我が身を恥じた。
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2 ドルジョン: 「人生は一度だけ」(NI
p10-12の翻訳)
14歳のDolgion(ドルジョン)は、モンゴルの首都ウランバートル近郊の下水溝に住んでいる。暑苦しく強い悪臭を放つそのスペースのほとんどは、2本の太い暖房パイプで占められている。足の下を通る下水パイプからは腐敗したゴミや汚物の混ざった臭いが漂ってくる。
僕たちは「下水キッズ」と呼ばれ、人々から嫌われています。僕はここに住んで4年になります。僕は以前、[ウランバートル郊外]ヤーマグ(Yarmag)地区のゲル[フェルトで覆われた遊牧民の円形の伝統的住居]に住んでいました。お母さんは病院で看護師として働いていました。お父さんは僕の覚えている限り働いたことがありません。ある日、お父さんが数日いなくなりましたが、帰って来るとプラスチックのピストルをプレゼントしてくれました。一生の思い出です。
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6 ニコール: 「訳あって路上生活をしてるけど、もう後悔
してないわ」(NI p20-21の翻訳)
私は小さな町で育ちました。妹がまだ赤ん坊の頃、両親は離婚。家は貧乏でしたが、母さんが仕事をしてた覚えはありません。でも私の学校で、何かボランティアをしてたと思います。服は施設や古着屋で手に入れました。辛かったけど母さんとはいつも一緒でした。母さんにこう言ったのを覚えています。「ずっと子どものままでいたいな。でも、もしも大きくなっても、お母さんをひとりにはしないよ」
学校は楽しかった。何かと注意して私を変えようとするまでは。13歳になると、自分のことは自分でするようになって、自分自身について考えるようになるものです。だぶだぶの服を着てた私は、学校でもめ事に巻き込まれるようになりました。その頃でした、母さんが継父と知り合ったのは。私を嫌う継父にはよく殴られました。お前なんか自分ではどうしようもないひどいトラブルに巻き込まれていくんだと、言われました。でも彼こそがそのどうしようもないトラブルのもとだったのよ! ある時、継父は何度も何度も私の頭を机に叩きつけたんです。たまらず本当の父さんに相談しました。でも父さんは、継父の家なのだから彼はやりたいようにできるんだよというようなことを言いました。それはショックでした。私は本当に独りぼっちで、自分ひとりで生きていくしかないんだと感じました。
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8 Reportimg from Japan
*日本の若者が見たストリートチルドレン
・初めてストリートチルドレンの生活に触れた大学生が見たこと、感じたことをつづった。
10 Contact Points
・海外でストリートチルドレンを支援している日本の団体について
11 Information
・NI読者からのリポート(スマトラ沖地震津波被害の現場から)
〜本当の英雄は現地の人々だった (NI p7の一部翻訳)
・次号のご案内、編集後記など
12 世界の国のプロフィール − ビルマ(NI本誌p36の翻訳)
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