エルサルバドルの真実と
米国製ファンタジー

Truth and fantasy
New Internationalist No.385
December 2005 p18-19

都合に合わせて歴史を歪めるという行為は、ブッシュ政権が恥ずかしげもなく行っていることだ。歴史上重要なエルサルバドルの真相究明委員会報告書が再び注目を浴びるようになった事情について、マーク・エングラーが検証する。

ジョン・ソブリノはエルサルバドルで最も尊敬される有識者の一人であるが、苦悩を抱え込んだ人間でもある。サンサルバドルにあるイエズス会大学の「解放の神学」研究者である彼は、死の部隊が大学構内の聖職者宿舎を襲撃した1989年11月の夜、ちょうど国外を旅行中だった。偶然の巡り合わせでソブリノは死を免れたが、非常に親しかった同僚の教授が6人、そして料理人とその娘が殺害された。

大虐殺、失踪、暗殺、否認。十数年もの間エルサルバドルは内戦に見舞われ、ソブリノの同僚のイエズス会士の殺害などの残虐行為は、当局のプロパガンダにより内戦中は隠ぺいされてきた。こうしたごまかしを終了させ、戦争の恐怖を最終的な形で伝え直す任務を担ったのが国連の後押しを受けた真相究明委員会で、1992年に紛争を終結させた和平プロセスの中心的存在となった。

1993年3月に発表された委員会の最終報告書「狂気から希望へ:エルサルバドルの12年戦争」の報告内容は率直なものだった。議論の続いていた戦争中の出来事の一つを、委員会は立証した。つまり、痛ましい残虐行為の大部分は、エルサルバドル軍とその協力関係にあった民兵組織に責任があるとしたのだ。このことは、犠牲者や目撃者、暴力を詳細に記録するために遺体を発掘した人権調査官、そして恐怖の中で生活していた大部分の人々にとってはすでに分かっていた現実だった。ジョン・ソブリノは、報告書の真の著作者はエルサルバドルの人々だと宣言した。

しかし最近になり、エルサルバドルの過去の紛争の真相が再び議論を呼ぶようになった。その張本人は、国の歴史を書き換えようとしている軍や支配階層のエリートではなく、世界で唯一生き残っている超大国である。

エルサルバドルが真相究明委員会の示した歴史に基づいて社会の再建に努めてきた一方で、イラクとアフガニスタンのモデルとなるような米国介入の成功例が必要なブッシュ政権は、異なるエルサルバドル史の解釈を持ち出してきた。発表後十数年を経た現在、何事もなければ冷戦の歴史的遺産として保管されていた委員会報告書は、議論を呼び起こす政治的な記録になって再び注目を浴びたのだ。

激戦だった2004年の米国選挙戦の最中、ディック・チェイニー副大統領は主要なテレビ討論会で次のように論じた。1980年代の初頭のエルサルバドルでは、「ゲリラの蜂起によって国内のおよそ3分の1が支配され、7万5千人の人々が死んだ。そして、我々は自由選挙を行った。私は議会を代表して監視団の一員としてそれに立ち会った……投票所ではテロリストによる乱射事件が起きたが、テロリストが去れば瞬く間に有権者は戻ってきて列を作った。投票する権利が守られるようにしていた。今日エルサルバドルは、……我々が行った自由選挙のおかげでずっと良くなっている」

彼はエルサルバドルを教訓として、同じような暴力が吹き荒れたイランやアフガニスタンの選挙も、「解放」へ向かう発展への道筋であると考える。このチェイニーの持つ中央アメリカの歴史観について、それは特別なものではなく、新保守主義の確立された世界観の一部だとの見解を示す者もおり、ドナルド・ラムズフェルド国防長官もその一人である。2004年の後半にエルサルバドルを訪問したラムズフェルドは、エルサルバドル軍がイラクに駐留する米国主導の有志連合に参加したことを深く感謝し、保守のARENA政権(国民共和同盟)(死の部隊の指導者、ロベルト・ダビュイソンが設立した)を褒めたたえ、エルサルバドルは「自由と民主主義へ向かう人々の闘いをよく理解している」と述べた。

ラムズフェルドとチェイニーの誤った歴史解釈は、真相究明委員会の根源に挑戦するものだ。ブッシュ政権は、報告書が明らかにした事実を無視し、まるで写真のネガの明と暗を入れ換えるかのように、紛争初期のイデオロギー解釈を復活させている。

およそ7万5千人の人々がエルサルバドルで実際に殺された。しかし真相究明委員会は、人権侵害の85%は政府の軍隊、民兵グループ、死の部隊の手によることを突き止めていた。そして、5%は反乱軍のFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)に責任があり、残る10%は「はっきりしない」としていた。チェイニーが監視したという選挙では、投票が強制され、異議を唱えることは危険なことであり、政権を民主主義という立派な飾りで覆うことを狙って選挙が利用された。しかし、殺害は1980年代を通して続いた。

真相究明委員会の報告書が発表されてからわずか数日後、ARENAは加害者の赦免のための恩赦法案を急いで議会に通した。

米国では、1980年代のエルサルバドル情勢の解釈について、真相究明委員会の報告書と米国国務省の報告書の間で矛盾が見られないか議会が調査を実施した。そこにははなはだしいごまかしの証拠があるにもかかわらず、偽証罪に問われることもなく、懲戒処分や公式謝罪も全く行われなかった。10年後、米国のエルサルバドル介入を計画立案した者たちの多くが昇進を果たした。(レーガン政権時代の対中米政策を公に擁護していた中心人物の一人で、イラン・コントラ事件で有罪判決を受けたエリオット・アブラムズは、最近国家安全保障担当副補佐官に任命され、外国の「民主主義を推進する」役目を担うことになった。)

以上のことは、まさに権力が真実を作り出すという証拠である。

しかし、歴史の証人として、エルサルバドルの人々は告発の土台となる声明を著している。彼らの報告書には、ジャーナリストや著名人も勇気を奮い起こすことができなかったり、その意思もなかったことがいくつも記されている。エルサルバドルの紛争について、それを善意に基づく介入だったとして描くブッシュ政権の声明は、中央アメリカの歴史を正しく解釈しておらず、むしろそれは嘘の塊だと報告書は語っているのだ。

マーク・エングラー Mark Engler
ニューヨーク在住のジャーナリスト。連絡先は、www.DemocracyUprising.comから。

 

エルサルバドル真相究明委員会FACTファイル
・エルサルバドル真相究明委員会は、1980〜91年の人権侵害を調査・記録した。
・委員会は、計7,312人の被害者に関する人権侵害事例の中から、2千人の直接証言を得た。
・委員会は、法手続きに則していない15件の殺人と失踪、政府勢力が関与した4件の大虐殺、死の部隊が関与した5件の殺人、FMLNが関与した8件の殺人と誘拐を検証した。
・委員会は、40人以上の軍将校と11人のFMLNメンバーを、虐待の命令や実行、または証拠隠ぺいのかどで告発した。
・委員会が下した結論:エルサルバドル市民の殺害、失踪、拷問の主たる責任は、エルサルバドル軍と死の部隊にある。
・外国人が主権国家の暴力に関する過去の事件を調査するのは、第二次世界大戦後のニュルンベルグと東京裁判以来初めてのことだった。

 

訳:松並 敦子

 

 

 


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