日本の綿、ガンジー、そして私たちの自立 日本発のリポート
NIジャパン No.87
2007年4月号 p26-33

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2月の寒いある日、千葉県八千代市で日本在来種の綿(和ワタ)の糸紡ぎワークショップ(八千代共生会主催)が開かれ、本誌ケイト・ストロネルが参加した。今回は、そこで講師を務めた田畑健(たはた・たけし)氏のさまざまな側面でのパイオニア性と、ガンジーの偉大なる伝統をベースにしながら綿・自立・持続可能な生活を実際に結び付けている田畑氏の哲学について報告する。

 by ケイト・ストロネル(NIジャパン)

ワークショップの冒頭に田畑氏は、「現在妻が鶏の世話をしてくれるようになったので、私は毎日好きなことをしています」と自己紹介した。それを聞いた参加者の表情には、少々うらやましいという感情が見てとれた。50代の特に男性で、そして日本という仕事のストレスが多いと言われる国で、どのくらいの人々がそのように言い切ることができるだろうか。心の底から満足しているという印象を強く受ける田畑氏を見ていれば、その発言を疑いようもなかった。それでは、田畑氏をこれほど満足させているものは何なのだろうか? その秘密は、行っていることすべてが、彼が愛する和ワタにつながっているということにある。和ワタのタネまきから摘み取り、ワタ繰機(くりき)のデザイン・制作・販売、人間が使用できる布を作るための織機やその他の道具、そして技術の伝承まで、これらを一貫して行っている。田畑氏は、千葉県鴨川市にある鴨川和棉農園の代表を務め、そこに暮らしながら和ワタを栽培し、さらにはデザイン、制作、糸紡ぎ、織りも行い、時々研修生も受け入れている。

初めて知る和ワタ

今回のワークショップでは、木になった和ワタ(コットンボール)から布になるまでの工程で使う道具のいくつかを体験した。最初に使用するのがワタ繰機(photo1)である。コンパクトだが便利な道具で、ワタの繊維とタネを分離する。ローラーの間にワタを入れてハンドルを回すと、タネが繊維からとれて下に置いてある箱に落ちる。このタネは、次のタネまきシーズンまで保管する。そしてワタ打ち弓。これはその名前が示す通り弓のような形をしており、弦をはじいてワタ打ちに使用する(photo2)。はじいた弦をワタの塊に当ててその振動で繊維をほぐす。このようにしてほぐしておくと紡ぐのが楽になる。また、ワタ打ち弓によってほぐされたワタは空気を含んでふわふわになり、布団などに詰めるのに適した状態となる。「ワタ打ちをするときはエアコンは必ず消してください。そうでないと部屋中にワタが舞うことになりますよ」と田畑氏は作業上の注意を述べる。

このような作業をしていて気づいたのは、毎晩ワタを詰めた布団に寝ていてこれほどまでに生活に欠かせないというのに、自分がワタについていかに無知だったかということだ。田畑氏によれば、日本はワタを100%輸入に頼っているという。そして日本在来種のワタは、実際に絶滅の危機にひんしている。この事実に背中を押された田畑氏は、「和棉のタネを守るネットワーク」の立ち上げを決意した。このネットワークは、さまざまな日本在来種のワタのタネを、茨城県つくば市にある独立行政法人農業生物資源研究所に登録することを目的としている。全国におよそ30の会員を擁し、それぞれの地方原産の和ワタのタネの保存に努めている。このネットワークのもうひとつの重要な活動が、畑や庭先で和ワタを育てたいという人々にタネを無償配布する活動である。今回のワークショップ参加者の中には、すでに自分でワタの木を育てた人もおり、収穫後のワタを利用するためにその方法を習いに来ている人もいた。

さて、タネを取り除きワタ打ちをした後は、糸紡ぎの工程に入る。最初に使ったのが、糸紡ぎの道具の中でも最も基本的な物で、こまのような形をしているものだ(photo3)。参加者は口もきかずに集中し、ふわふわした和ワタからこまを廻して糸を紡ぐ。午前中の大半の時間をこの作業に費やしたが、参加者の中には古代から続くこの技術をすっかりマスターした人もいた。

チャルカの思想

さて、私たちの次の挑戦はチャルカ(糸車)だ。これは、マハトマ・ガンジーが使用していたことで有名になった道具である。午前中、口数も少なく集中し、こまの使い方には多少慣れた私たちだが、チャルカで糸を紡ぐ作業では会話がはずむ。田畑氏は円形に座った参加者の中心に座り糸を紡ぐが、その姿は実に自然で板に付いている。その田畑氏に対して、いくつか基本的でそして重要な質問を投げかけてみた。「そもそも何がきっかけで和綿の活動を始めることになったのですか?」田畑氏は次のように振り返る。「実はバブルの時代、私は広告代理店の下請けをして、当時は本当にいい給料をもらっていました。しかしすでにそのころ、すべての物事は崩壊していく運命にあるだろうという確信のようなものを感じていました。当時の経済状況と社会的風潮は、私にとって完全に現実離れしたものだったのです」

私が日本で初めて勤めた企業は日本企業で、それはちょうどバブルがはじけたころだった。私にしてみれば、経済が急速に冷え込むさまを目の当たりにしたことはショックで、ととまどいも感じたが、それ以上の社会の行く末までには思いも及ばなかった。一体田畑氏は、「好景気」が劇的に終わることをどうやって感じとっていたのだろうか。その質問を口に出す前に彼は、高い待遇の仕事を辞めた後のことをすでに話し始めていた。「私は田舎に引っ越しました。それは、自分の食べるものを自分で育て、できるだけ自給自足の生活をしたかったからです。料理教室に通ったりして、生活をしていくための基本的な物事について学びました。本当に人間生活にとって基本的なことというのは、衣食住です。これらのことについていろいろと調べていくうちに分かってきたことは、食については多くの人々が活動し、環境に配慮した住居についてもわずかですが取り組みが行われていましたが、衣服の自給自足に取り組んでいる人はほとんどいないようだということです。私が和ワタの重要性に気づいたのはちょうどそのころです。しかし、そのことに懸命になる私のことを理解してくれる人は、当時は回りにはいませんでした」

何につけても、物事を一番最初に始める先駆けとなる人々は、世間から気でも違ったのかというような目で見られることも多い。田畑氏の場合は幸いなことに、インドに行ってガンジーのアシュラム(道場)を訪ね、そこに朝夕集まって祈りを捧げるように綿を紡ぐ人々を見て、それが大きな励みとなった。田畑氏は、『ガンジー自立の思想〜自分の手で紡ぐ未来』(M.Kガンジー著/田畑健編/片山佳代子訳/地湧社)という書籍を編集し、マハトマ・ガンジーの糸紡ぎにかける熱意と、自ら紡ぐことが社会的な主張になるというガンジー考え方に触れて、そこに宿る自分と同じような心を発見した。

「ガンジーは、特に日本ではインドの『独立の父』として知られています。しかし彼は、単に英国からの独立を勝ち取っただけではありません。彼にとって『独立』とは、もっと意味の深いものなのです」と田畑氏は語る。「英国の繊維産業で産業革命が起こり、大量生産のために紡績機や自動織機が使用されるようになると、綿糸の値段は手作業で生産するよりもずっと安くなりました。そしてすぐに人々は、工場で作られた衣服を買う方が便利であると納得してしまったのです。しかし、これがガンジーが我々に警告している状態なのです。私たちの生存に必要な基本的な物を大量生産するシステムにいったん依存すると、私たちが自立していくことは不可能になってしまいます。それは誰にでも言えることです」

日本のワタを栽培して日本国内で使用することにとてもこだわりをもっている田畑氏が最初にチャルカを持ち出してきた時、そのようなインドの糸車を使うことに多少違和感を感じたことは否めない。しかし、おしゃべりをしながら労力もかけずに糸を延々と紡ぐ彼の姿を見て、誰にでも簡単に、いつでもどこでも使えるチャルカは、最高の道具であると感じた。そしてさらに言えば、それは普遍的なガンジーの思想のシンボルでもあるのだ。

自給自足と異国のコミュニティーへの意識

日本の食料自給率の低さはすでに緊急事態である。日本は、毎年花粉症を引き起こす国内の杉林は手つかずのままで、輸入木材への依存を続けている。しかし人々は、このような仕組みに疑問を投げかけている。現在の日本の状況は、日本人を苦しめたり、少なくとも日本に影響を及ぼしているが、実は日本が大量の食料や木材を輸入することが、他の国々の環境や人々に対しても影響を与えている。現在はまだ注目されていないが、綿にも同様の問題がある。「衣食住」は、日本人が輸入に頼らざるを得ないものであるが、例えば日本に綿を輸出する綿花生産国の環境は、その栽培と輸出によって重大な影響を受けていることは明らかである。今回このワークショップに参加して得た収穫のひとつが、誰でもその問題の解決に参加でき、しかもそれを楽しく実践できるということを、実際に体験できたことである。

和ワタのタネは、八千代共生会が無料で配布している(鴨川和棉農園もタネの配布を行っているが、期間は通常1月から4月まで)。和ワタは日本の気候に適しており、栽培もそれほど難しくはない。糸紡ぎはたった1日だったが、田畑氏の丁寧な指導と励ましのおかげで、参加者はまちまちの太さと形とはいえ綿糸を紡いで持ち帰ることができた。いろいろと考えさせられる話を聞きながら、他の人々と楽しく刺激をし合う時間と会話を共有して過ごすことができたワークショップであった。

500グラムの和ワタ…
――は、タネをまいたその年に、3.3平方メートルの栽培面積から収穫できる。
――の値段は、鴨川和棉農園では8,000円である。
――を紡ぐには、熟練した人で70時間かかり、織るには5〜6時間かかる。
――で、長持ちする服を1枚作ることができる。

鴨川和棉農園http://homepage2.nifty.com/wamen-nouen/
八千代共生会http://www.yachiyo-k.co.jp



 


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